大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)12091号 判決 1989年2月13日
原告
河村五代子
右訴訟代理人弁護士
島川勝
同
影田清晴
被告
株式会社大蔵商事
右代表者代表取締役
矢野勝
被告
矢野勝
被告
岡田秋彦
被告
田村茂樹
被告
天谷雄作
被告
西方忠志
右被告六名訴訟代理人弁護士
水島林
主文
一 被告らは、連帯して原告に対し、金二六五万円およびこれに対する昭和六二年五月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告らの負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実
一 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨。
2 被告ら
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。
二 原告の請求原因
1 原告は家庭の主婦で、これまで商品取引をした経験が全くないものである。
被告株式会社大蔵商事(以下「被告会社」という。)は、香港商品交易所における大豆、砂糖等の上場商品の先物取引および現物取引ならびにこれらの受託等の業務を目的とする会社である。そして、被告矢野勝(以下、「被告矢野」という。)および同岡田秋彦(以下、「被告岡田」という。)は、いずれも被告会社の代表者、被告田村茂樹(以下、「被告田村」という。)、同天谷雄作(以下、「被告天谷」という。)および同西方忠志(以下、「被告西方」という。)は、いずれも被告会社の従業員であったものである。
2(一) 被告田村は、昭和六二年五月七日に原告方を訪れて原告に対し、「香港砂糖の海外先物取引は絶対に儲かる。三か月で一枚九万円、二枚で三〇万円、五枚なら八〇万円近くになる。今は損をすることは絶対にない。保証金として入れた元金は必ず戻ってくる。三か月で手元に戻る。」などと申し向け、原告はこれを信じた。そして、原告は、同月八日に被告田村および同西方の説明を聞いた結果、被告会社との間で海外先物取引に関する契約(以下「基本契約」という。)を締結し、同日別表1記載の指示を行い、保証金として一八〇万円を被告会社に交付した。
(二) 被告天谷は、昭和六二年五月一一日に原告方を訪れ、原告に対し、「お金が戻るのを七月に早めるためには、あと二枚増やさないと難しくなる。」と申し向けて原告を誤信させた結果、同年五月一二日に原告に別表2記載の指示をさせ、保証金として、一二〇万円を被告会社に交付させた。
(三) また、被告天谷は、昭和六二年五月二七日に原告に対し、「今相場が上ってきているから、一旦売って、もっと下ったときに買えば利益を生む」等と申し向けて原告に別表3、4記載の各指示をさせたうえ、同年七月六日には原告に対し、「砂糖は売った方がよい。大豆を今買っておけば、短期間で戻ってくる。大豆を買うしかない。」等と申し向けて原告に別表5、6記載の各指示をさせた。
3 商品の先物取引は顧客が損害を蒙る危険性が多く、原告に対する勧誘当時、被告会社は、他の顧客からの預り金等のほとんどを費消しており、顧客から右預り金の返還請求を受ければ、支払のできない状態であった。それにもかかわらず、被告会社を除くその余の被告らは、共謀のうえ原告に対し、右先物取引の危険性を告知するどころか、あたかも元本は保証され、絶対に損をしないかのような虚偽の事実を申し向け、保証金名下に合計三〇〇万円を騙取したものであるから、右被告らの行為は共同不法行為を構成する。
右被告らの不法行為は、被告会社の業務の執行につきなされたものであるから、被告会社は、原告に対して不法行為責任を負う。
4 原告は、その後被告会社から三五万円の返還を受けているので、原告の損害は二六五万円である。
5 よって、原告は被告らに対し、いずれも不法行為による損害賠償請求権に基づき、連帯して右二六五万円およびこれに対する不法行為の日である昭和六二年五月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三 請求原因に対する被告らの認否および主張
1 請求原因1前段の事実は知らない。同後段の事実は認める。
2 請求原因2について
(一) 同(一)のうち、被告田村が原告を勧誘したこと、原告が被告会社との間で基本契約を締結したことおよび原告が別表1記載の指示を行い、保証金として一八〇万円を被告会社に交付したことは認め、その余の事実は否認する。
(二) 同(二)のうち、被告天谷が原告に対して別表2記載の指示をさせたことおよび原告が被告会社に保証金として一二〇万円を交付したことは認め、その余の事実は否認する。
(三) 同(三)のうち、被告天谷が原告に対して別表3ないし6記載の各指示をさせたことは認め、その余の事実は否認する。
3 請求原因3は争う。
4 請求原因4のうち、原告が被告会社から三五万円の返還を受けたことは認め、その余は争う。
四 被告らの抗弁
1 原告と被告会社は、昭和六二年七月一四日に、原告が被告会社に保証金として預託した金員の現在高が一七七万一九四六円であることを相互に確認し、被告会社においてこれを昭和六二年一一月から昭和六五年九月まで毎月末日限り五万円(但し、同年九月は七万一九四六円)宛分割して原告に支払うことを内容とする示談契約(以下「本件示談契約」という。)を締結した。
2 被告会社は、本件示談契約に基づき昭和六三年二月初め頃までに合計三五万円を原告に支払った。
3 したがって、かりに被告らが不法行為責任を負うとしても、その範囲は、右一七七万一九四六円から右既払分を控除した一四二万一九四六円に限定されるべきである。
五 抗弁に対する原告の認否および再抗弁
1 抗弁1および2の各事実は認める。同3の主張は争う。
2(一) 原告は、被告らが前記のとおり、原告に対して違法な取引をしていたにもかかわらず、本件取引は合法なものであると誤信していた。
原告は、本件取引が合法であることを前提として本件示談契約を締結したのであるから、同契約は要素の錯誤があり、無効である。
(二) 被告らは前記のとおり、本件取引が違法であるにもかかわらず、これが合法である旨説明して原告を欺罔し、本件示談契約を締結させた。
原告は被告らに対し、昭和六三年二月二六日の本件口頭弁論期日において詐欺を理由として、本件示談契約を取り消す旨の意思表示をした。
(三) 原告は、右(一)および(二)を選択的に主張する。
六 証拠<省略>
理由
一請求原因1後段の事実ならびに原告と被告会社との間で基本契約が成立したこと、別表1ないし6記載の各指示が行われたことおよび原告が被告に対して三〇〇万円を交付したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
1 原告は、昭和三八年五月一六日生まれで、郷里の高等学校から京都市内の短期大学に進学し、昭和五九年三月に同大学を卒業後は一時事務員として稼働したものの、昭和六〇年八月に結婚し、同年九月の退職後は専業主婦であり、これまで先物取引等の経験はなかった。
2(一) 被告会社は、香港商品交易所の上場する砂糖、大豆等の商品の先物取引、現物取引ならびにこれらの受託業務を行うこと等を目的として昭和五五年五月一三日に設立された会社であるが、その営業方法は、従業員が不特定多数の者に勧誘の電話をし、これに少しでも関心を示した者または示す可能性がある者に対しては営業社員が訪問して、砂糖、大豆の海外先物取引を勧め、顧客との間で右商品に関する海外先物取引の売買委託取引契約を締結していた。ところが、被告会社は、右取引契約と同時に顧客の取引と同時期、同枚数の売り買い反対の売買を行う向い玉と呼ばれる方法をとり、これを被告会社の名義で香港の東京商品有限公司に発注していたので、取引所に対する手数料を除き、顧客から集めた保証金を海外に送金せず、社内で留保することができた。さらに、被告会社は、向い玉により顧客と被告会社との利益が対立する状況、すなわち、顧客が損失を受ければ被告会社が利得するという関係が生ずる結果、委託取引が売買手数料以外に、向い玉によって顧客の損失のうえに生じた利益が帰属する仕組となっていた。しかも、被告会社に対して右のような委託取引をしている顧客は、海外先物取引の知識、経験、判断力に乏しい主婦が多く、被告会社が右のような方法をとっていることはもとより告知されていなかった。
被告会社は、こうして顧客から集めた金の大半を人件費等に費消していたが、昭和六二年六月末頃に系列会社が詐欺容疑で摘発を受けたことから、そのころから営業を停止し、昭和六三年四月には本社事務所も閉鎖し、現在に至っている(被告会社が前記業務を目的とする会社であることは、当事者間に争いがない。)。
(二) 被告矢野および同岡田は、いずれも被告会社の代表取締役であり、社内では被告矢野が社長、同岡田が支配人の各肩書を持ち、営業活動全般を企画し、これを指揮監督していたが、昭和六三年六月一一日に顧客から保証金名下に金員を詐取したとの詐欺容疑で逮捕され、その後詐欺罪で京都地方裁判所に起訴され、現在公判中である(被告矢野および同岡田が被告会社の代表取締役であることは、当事者間に争いがない。)。
(三) 被告西方は、高等学校を中退後ガソリンスタンドの従業員、調理師見習等に従事した後、昭和五八年六月に被告会社に入社し、昭和六二年五月当時堺支店営業部長の地位にあり、被告田村および同天谷の上司として顧客に対する勧誘を指導し、自らも勧誘していたものである(被告西方が被告会社の従業員であることは、当事者間に争いがない。)。
(四) 被告田村は、高等学校を卒業後住宅の販売会社、染色工場の工員等に従事した後、昭和六二年三月に被告会社に入社し、堺支店で被告西方の下で営業を担当していたものである(被告田村が被告会社の従業員であったことは、当事者間に争いがない。)。
(五) 被告天谷は、その経歴および被告会社に入社した時期は明らかではないが、堺支店で被告西方の下で営業を担当していたものである(被告天谷が被告会社の従業員であったことは、当事者間に争いがない。)。
3(一) 原告は、昭和六二年五月七日に被告会社からこれからセールスマンが原告方に赴くとの電話を受けたのち、被告田村の訪問を受けた。被告田村は原告に対し、「被告会社は香港砂糖の海外先物取引をしているが、絶対に儲かる。三か月で一枚九万円、二枚で三〇万円、五枚なら八〇万円近くになる。今は損をすることは絶対にない。保証金として入れた元金は必ず戻ってくる。三か月で手元に戻る。」などと申し向け、砂糖の先物取引に勧誘した。
さらに、被告田村は、昭和六二年五月八日に再び原告方を訪れ、原告を被告会社堺支店まで連れていき、同支店で応対に出た被告西方は、被告田村が前日にしたのと同旨の説明をしたうえ、「皆さんここに来られたら三枚買っていかれます。せっかく足を運んで頂いたのですから二枚位買われたらどうですか。」などと申し向け、先物取引の勧誘を続けたので、原告はこれに応ずることとし、その場で被告会社との間で基本契約を締結し、別表1記載の指示を行い、保証金として一八〇万円を交付した(原告が基本契約を締結し、保証金として一八〇万円を交付したことは、当事者間に争いがない。)。
(二) その後、被告天谷は、原告に対し砂糖の相場を電話で連絡するようになったが、昭和六二年五月一一日に原告方を訪れ、原告に対し、「金は八月に戻るが、出産のため郷里に帰るのなら、七月に戻る方がよい。金が戻るのを七月に早めるためには、あと二枚増やさないと難しい。」などといったほか、同年五月一二日には電話で「七月一〇日に間違いなく返金になるから、あと二枚の取引をしたらどうか。」などと申し向け、買増を勧誘したので、原告はこれに応じ、同日被告会社に対し別表2記載の指示をした。そして、原告方を訪れた被告会社堺支店営業主任の中川暢弘に保証金として一二〇万円を交付した(原告が保証金として一二〇万円を交付したことは、当事者間に争いがない。)。
(三) 被告天谷は、その後も原告に対し、相場の値動きの報告や新たな取引の勧誘をしていたが、昭和六二年五月二七日に原告に対し、「今相場が上がっている。手数料が少しかかるが二、三日すれば返ってくる。一旦売ってもっと下がったときに買えば、利益を生む。」などと申し向けたうえ、原告の明示の承諾を得ずに別表3、4記載の各指示があったとして、これまでの分を売却するほか、新たに四枚を買った形での処理をした。
さらに、被告天谷は、同年六月頃からは「砂糖は売って大豆を買った方がよい。」、「大豆の方が値動きが激しい。今買っておけば、短期間で戻ってくる。大豆を買うしかない。」などと申し向け、砂糖を売って大豆を買うよう勧誘した。そこで、原告は右勧誘に応じ、同年七月六日に別表5、6記載の各指示をした。
(四) このように、被告天谷は原告に対して砂糖または大豆の先物取引を勧誘していたが、昭和六二年七月一三日に原告に対し、被告会社の前京都支店長が逮捕され、被告会社も警察の捜索を受けることになり、しばらく営業を停止することになったので、保証金はしばらく返還できない旨電話で連絡した。
そこで、驚いた原告が被告天谷に抗議すると、被告会社の監査役で堺支店長でもある元木富美男(以下、「元木」という。なお、同人もその後被告岡田および同矢野と同時に詐欺容疑で逮捕された。)が電話口に出て原告と応対し、原告方に赴いて保証金の返還について話をしたい旨申し向けた。
(五) 元木は、昭和六二年七月一四日に原告方を訪れ、原告に対し、「会社の方針を承諾してくれるお客には示談してお金を返すことになった。」と申し向け、金額を予め記載した示談書を提示するとともに、この条件で承諾できないのなら、一銭も返せない旨断言したので、当初は難色を示した原告もこれに応ずることとし、こうして本件示談契約が成立した。そして、被告会社は、原告が買い付けていた大豆については、別表7記載の指示があったとして処理をした。なお、本件示談契約によれば、被告会社は昭和六二年一一月から毎月五万円宛原告に返還することとされているが、原告がこれまでに受領したのは、三五万円にすぎない(本件示談契約が成立したことおよび被告会社から原告に対し、三五万円が返還されたことは、いずれも当事者間に争いがない。)。
以上の事実が認められ、被告田村茂樹および同西方忠志各本人の供述中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
三そこで、右認定事実に基づいて被告らの不法行為責任について判断する。
1 商品の先物取引は、本来転売、買戻による差金決済を目的とした投機取引であり、少額の保証金で大きな思惑取引が可能な反面、投機性が高く値動きの激しいこと、売買注文の仕組、市場システム、用語が高度に専門化されており、商品の需要供給等、市場価格の形成要因の把握について高度の知識経験を必要とすること等があいまって、一つ間違えば大きな損失を蒙る危険が内在している特殊な経済制度であるが、海外先物取引においては、右に述べた先物取引本来の危険性、難解さに加え、時差や地理的遠隔性から、海外市場における市場価格形成要因の把握ないし時々刻々変動する海外相場の確認が困難であること、為替相場の変動をも考慮に入れなければならないことなどから、その危険性は計り知れない。それゆえ、こうした海外商品先物取引を業とする会社ないし従業員は、顧客の保護のために顧客に損失発生の危険の有無、程度の判断を誤らせないなどの高度の注意義務が課せられており、その勧誘行為ないし委託後の取引の実行が社会通念に照らして許容できる範囲を超えた場合には、不法行為を構成するものと解すべきである。
2 ところが、被告会社は前記のとおり、海外先物取引の知識や経験、判断力に乏しい主婦などを相手に多額の保証金や委託手数料を交付させていたばかりか、これらの顧客の了解を得ずに、向い玉の方法により顧客の利益と自社のそれとを対立させる形で海外先物取引の売買委託取引をし、顧客の損失において自社の利益を図っていたものであるから、その営業活動は、社会的に認められた相当性を逸脱した違法なものと解するのが相当である。そして、前記認定事実に照らすと、被告会社は、本件でも砂糖、大豆の価格変動により、原告の損失において不当な利益を得ていたものと認めるべきである。
そして、被告岡田および同矢野は、いずれも被告会社の代表取締役として、右の違法な営業活動全般を企画し、これを指揮監督していたのであるから、本件において原告に対する不法行為責任を免れない。
3 被告田村および同天谷は、先物取引の経験が全くなく、取引の仕組等についても十分な理解のなかった原告に対し、砂糖ないし大豆の先物取引の右危険性等について十分に説明せず、他方、利益の発生が不確実であるのに、これを確実である旨申し向け、原告をしてその旨誤信させて先物取引に引き込んだばかりか、その後も原告の意向を無視して新たな取引を執拗に勧誘したり、時には原告の明示の意思のないまま原告の計算で取引を行ったことが認められるが、これらに照らすと、右被告らの行動は、商品先物取引における勧誘行為またはその後の事務処理として社会通念上許容される範囲を超え、不法行為を構成する。
なお、<証拠>によると、原告は基本契約締結の際に、海外商品先物取引に関する一般的説明や注意事項を記した「海外商品市場における先物取引委託の手引」なる書面の交付を受けたことが認められるが、前記認定の被告田村および同天谷の原告に対する勧誘行為の態様、同被告らを始めとする被告会社従業員の原告に対する対応等に照らすと、原告が右書面の交付を受けたからといって、これにより前記のとおり、複雑にして危険性のある海外商品先物取引について十分な説明を受けたとは到底いえないから、右書面の交付によって被告田村および同天谷の前記行為が正当化されるものではない。
4 被告西方は、被告会社堺支店の営業部長として、被告会社の営業に深く関わっていたほか、被告田村の上司としてその行動を指揮監督すべき立場にありながら、本件では同被告の原告に対する前記勧誘の事実およびその違法性を十分認識しつつ、これを是正することなく、かえって、同被告の前記勧誘を受けてさらに原告に勧誘を続けた結果、原告に基本契約を締結させ、最初の取引を成立させたものであるから、その行為は社会通念上許容される範囲を超え、不法行為を構成する。
5 被告会社の営業それ自体に問題のあることは前記のとおりであるが、被告会社の従業員である同田村、同天谷および同西方の前記3および4の行為が被告会社の業務の執行につきなされたものであることは明らかであるから、被告会社は、すでに民法七一五条に基づき原告に対し、不法行為責任を負う。
6 そして、被告会社を除くその余の被告らの右一連の行為は、被告会社の営業活動の一環として、それぞれの立場に応じて行われたもので、これを全体としてみれば、相互に密接な関連性を有しつつ、原告からの金員の獲得に向けられていると認められる。したがって、被告らは、連帯して原告に対し、原告の後記損害を賠償する義務がある。
四1 前記認定事実によれば、原告は、保証金として三〇〇万円を被告会社に交付し、同額の損害を受けたものと認められる。
2 ところで、被告らは、その後原告と被告会社との間で本件示談契約が成立したから、原告の損害は、同契約で被告会社が支払義務を負担した範囲に限定されるべきである旨主張し、本件示談契約が成立したことは、前記のとおり当事者間に争いがない。
しかしながら、前記認定事実に照らすと、元木は原告に対し、被告会社の側で内容を予め決定した示談契約案を一方的に提示し、これを承諾しなければ、保証金は全く返還できない旨申し向けて原告をその旨誤信させた結果、本件示談契約を成立させたものである。さらに、被告会社は、その後本件示談契約で支払を認めていた金員の支払の履行すら怠っている。結局、これらに照らすと、本件示談契約は、元木の詐欺によって成立したものと認めるべきである。そして、原告が昭和六三年二月二六日の本件口頭弁論期日においてこれを取り消す旨の意思表示をしたことは、当裁判所に顕著である。
このように、本件示談契約は、詐欺による意思表示であり、取消を認めることができるから、被告らの抗弁は、すでにこの点において採用できない。
3 被告会社が原告に対してこれまでに三五万円を返還したことは、前記のとおり、当事者間に争いがない。
4 よって、原告の損害は、二六五万円である。
五そうすると、被告らに対し、いずれも不法行為に基づき連帯して右損害である二六五万円およびこれに対する不法行為の日である昭和六二年五月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は、すべて理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文、仮執行宣言につき同法一九六条一項にそれぞれ従い、主文のとおり判決する。
(裁判官田中敦)
別紙別表<省略>